長野のお客様からのご連絡は、LINEのメッセージでした。エルメスのケリーバッグを郵送でお預けしたいとのことでした。その文面の中に、3回、「よろしくお願いします」がありました。申し訳なさそうな言葉が続き、「ひどい状態で恥ずかしいのですが」と書かれていました。
私はすぐにお返事しました。「大丈夫です。どんな状態でもしっかり拝見します。安心してお送りください。」
数日後、丁寧に梱包されたケリーバッグが届きました。その包み方の丁寧さが、物への愛着を物語っていました。この方が送ってきたのは、バッグではなく記憶です。そのことを、私たちはいつも意識しています。
なぜ「約束」が必要なのか
ラグジュアリーブランドのリペアを依頼するとき、多くのお客様が感じる不安は共通しています。「ちゃんと届いたか分からない」「今どんな状態なのか見えない」「もし何かあったらどうなるのか」。特に郵送でのお預けは、手を離れた瞬間から見えなくなる。その不安を取り除くために、私たちは3つの約束を設けています。
品物が届いた当日、または来店でお預かりした当日に、20〜40枚の写真を撮影します。正面・背面・底面・内側・ファスナー・金具・コーナー・ステッチ・ロゴマーク——全ての表面と細部を記録します。傷やシミ、色の変化、縫い目のほつれがあれば、それも明確に記録します。この記録はお客様にLINEまたはメールでお送りしており、「どんな状態でお預かりしたか」が双方に共有された状態で施術がスタートします。
これは、お客様を守るためだけでなく、私たち自身を律するためでもあります。記録があることで、施術中に生じた疑問を正確に確認できます。また、写真記録が日常になると、施術への集中力が自然と高まります。
施術の主要な節目ごとに、写真付きのLINEメッセージをお送りします。「クリーニングが完了しました」「コーナーの下地補修が終わりました」「本日、リカラーの最終工程に入ります」——ブラックボックスの中で何かが起きているのではなく、工程が可視化されることで、お客様の安心感が全く異なります。
このやりとりは、単なる業務連絡を超えることがあります。「順調に仕上がっています」という写真に「良かったです!楽しみにしています」と返信があり、「完成しました」の写真に「ありがとうございます、受け取りが待ち遠しい」とお返事いただく。その会話が、縁を作っていきます。
私たちの技術に起因する問題が、お渡しから30日以内に生じた場合、再検査と再施術を費用なしで行います。染料の定着不良、補修部分の剥離、縫い目のほつれ——施術によって生じたものについては全て対応します。この保証を設けたのは、「もし何かあっても責任を持ちます」という意思を明確にするためです。
実際にこの保証を使っていただいたケースはごくわずかです。しかし、保証があるという事実が、お客様に与える安心感は金額以上のものがあります。大切な品を手放す緊張が、少し和らぐのです。
信頼は、言葉だけでは生まれません。一つひとつの丁寧な行為の積み重ねの中で、少しずつ育っていくものです。私たちは毎日、その積み重ねの途中にいます。
長野のお客様のケリーバッグは、きれいになってお戻りしました。「こんなに綺麗に戻るとは思っていませんでした。本当にありがとうございました」というメッセージが届いたとき、3回の「よろしくお願いします」に込められた不安が、信頼に変わったと感じました。その変化を生み出せることが、私たちがこの仕事を続ける理由です。
