Story

『母から譲り受けたシャネル』を、20年後の今、娘が愛用するためのリカラー

シャネル マトラッセ財布 ビフォー

由紀さんは28歳でした。スタッフが受付カウンターに出ると、彼女は黒いシャネルの2.55をテーブルの上に静かに置き、少し間を置いてから話し始めました。「これ、お母さんのバッグなんです。パリで買ったって言ってました。1998年だったかな」。2年前にお母様を亡くされ、遺品の中にあったそうです。来年に結婚式を控えており、その日に持ちたいと。

バッグを手に取ると、その状態が語りかけてきました。キャビアスキンの粒立ちは健在でしたが、コーナーと折り目の色が抜け、本来の深みのある黒から、くすんだグレーブラウンへと変化していました。フラップ全体を見れば、光の当たる山の部分と影になる谷の部分で、色の沈み方が全く異なる。長い時間の積み重ねが、均一なはずの黒を複雑な諧調に変えていました。内側のボルドーライニングは黄みがかっていましたが、ステッチも縫い目も構造的に揺るぎなく健在でした。

キャビアスキンへのリカラー——ラムスキンとは全く異なる難しさ

キャビアスキンは、表面を細かくエンボス加工した牛革です。この粒状の凹凸が、リカラーを難しくします。ラムスキンのような滑らかな革であれば、染料はほぼ均一に定着しますが、キャビアスキンでは凸部(山)と凹部(谷)で染料の乗り方が全く違うのです。薄く塗れば谷が均一に染まらず、厚く塗れば凸部が埋まってキャビア特有の表情が失われてしまいます。

さらに、黒という色の難しさがありました。シャネルのヴィンテージブラックは、いわゆる「ジェットブラック」ではありません。わずかに温かみを帯びた、深みのある黒です。この色を現代の染料で再現するには、複数の顔料を調合する必要があります。まずバッグの内側の隠れた部分でテストカラーを3パターン作り、光の下と影の下の両方で確認を繰り返しました。

施術の工程——20年の時間を尊重しながら、色を取り戻す

最初に行うのは徹底的なディープクリーニングです。20年分の皮脂、化粧品の成分、防水スプレーの残留物——これらを除去しなければ、新しい染料が正しく定着しません。クリーニングには2時間以上かけ、革の状態を観察しながら段階的に進めます。

次に、色むらを均一化するためのベースコーティングを薄く施します。これは色を足すのではなく、トーンを揃えるための工程です。その後、極細の天然毛のブラシを使い、カスタムブレンドした黒の染料を5〜7回に分けて薄く重ね塗りします。各層を完全に乾燥させ、軽くブラッシングしてから次の層を重ねる。この繰り返しの中で、キャビアスキンの立体感を残したまま、深みのある黒が積み上がっていきます。最後に、テクスチャーを保護するマット仕上げのコーティングを施して完成です。

職人がシャネルバッグを修復中

仕上がりを受け取りに来た由紀さんは、カウンターの前でしばらく動かずにいました。バッグをゆっくりと両手で持ち上げて、光の方へ向けて確かめるように見ていた。そして、静かにこう言いました。

「お母さんのバッグが戻ってきた。」

その言葉は、今も私たちの中に残っています。修復という仕事の意味を、いつもそういう瞬間に教えてもらいます。

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